~シリーズ:法令の把握と遵守~
環境法令を考える:労働安全衛生法の改正⇒がん原生物質
労働安全衛生法改正の新たな化学物質の規制について取り上げてきました。そして、化学物質の自律的な管理体制が求められるようになり、それと並行して長期間における化学物質の使用に関する健康被害の防止についても、考えていく必要があります。
そこで、厚生労働大臣が定める『がん原性物質』という新たな基準が設定されて、これらを取り扱う業務に従事する労働者は、作業記録を30年間の保存が義務化されました。今回はその内容について取り上げたいと思います。※適用日:2023年4月1日~
まず、がん原生物質とはマウスやラットによる長期投与の実験で、哺乳類にがんを発生させる可能性があると認められた物質のことで、それらを使用する労働者が長期間、その物質を吸い込んだ場合はがんの誘発・発生率を高めてしまうリスクがあります。そのため、作業の記録を30年間という長期間で保存する必要があります。
そして、厚生労働省はGHSという化学品の危険有害性における、国際的な分類によって、発がん性が区分1(区分1A又は1B)に分類されたものを「がん原生物質」の対象として、2023年4月1日~120物質、2024年4月1日~80物質が適用となりました。例外として「臨時に取り扱う場合」と「エタノール」、「特化則の物質」は除外です。理由としては、エタノール⇒アルコール飲料としての経口摂取した場合の健康有害性であることと、特化則の物質はすでに30年間の作業記録が義務付けられているためです。
引用:厚生労働省ホームページ(https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_29998.html)
では、印刷業界でこの「がん原生物質」は、どういった成分が該当するかというと、研磨剤等で使用されている「結晶性シリカ」です。このシリカ(二酸化ケイ素)は岩石や砂の主成分で、地球表面の約6割を占めるほど自然界に多く存在していて、身近なものでは歯磨き粉の研磨剤成分で使用されており、経口摂取した場合でも消化吸収されずに排泄されて、皮膚に触れても無害なので、安全性は高い物質です。
しかし、なぜこのシリカにがん原生があるかというと、粉塵として大量に吸い込んだ場合に肺の細部に沈着して、じん肺という肺疾患が起こり、咳・痰・呼吸困難の症状が出て、進行すると肺がんの合併症を引き起こします。
このシリカでの事故例としては、米国最大の労働災害と言われる「ホークス・ネストトンネル災害」があります。これはトンネルの工事中にシリカ鉱石層を掘り当ててしまい、作業員に防塵マスクが与えられていなかったために、多くの作業員がシリカの粉塵を吸い込み、肺がんに至るまで進行して、死亡する事故が多発しました。その犠牲者数は約500~1000人とも言われており、原因が分からない状態での長期的なばく露が続いたことにより、多くの犠牲者が出てしまいました。
こうした事故の教訓から、発がん性が指摘されているがん原生物質に関しては、使用量の多い少ないに関わらず、長期的なばく露の影響を考えて取り扱う必要があると言えます。
⇒次号へつづく